研修事業部
研修事業部は、視覚障害者ガイドヘルパーとして必要な専門知識、援助技術を習得し、多様化する視覚障害者のニーズに対応できる人材の育成を図り、地域で暮らす視覚障害者の生活の充実・質の向上に向けた地域福祉サービスの振興及び発展に貢献することをめざしています。
視覚障害者ガイドヘルパー講習(視覚障害者移動介護従事者養成研修) 受講案内
〜目の不自由な人との歩き方・援助の仕方を学びませんか〜
この講習は視覚障害者のガイドヘルパーとして必要な専門知識と援助技術を学ぶ東京都指定の養成研修です。[カリキュラム及び受講対象]
通学課程―――有資格者(介護福祉士、ホームヘルパー1〜3級)
| 科 目 | |
| 講 義 T (通学) |
ガイドヘルパーの制度と業務 移動介護の基礎知識 |
| 実 技 (通学) |
移動介護の基本技術 屋内の移動介護 応用技能 |
通信課程―――初心者(資格のない方)
| 科 目 | |
| 講 義 T (通学) |
ガイドヘルパーの制度と業務 移動介護の基礎知識 |
| 講 義 U (通信) |
障害者(児)福祉の制度とサービス ホームヘルプサービス概論 ホームヘルパーの職業倫理 視覚障害者の疾病・障害の理解 障害者(児)の心理 |
| 実 技 (通学) |
移動介護の基本技術 屋内の移動介護 応用技能 |
[年間計画]
平成20年度は、3回の研修実施を予定しております。
(第1回)
申込開始 平成20年5月2日(日)〜 現在受付中です
平成20年6月14日(土)、21日(土)〜22日(日)
[募集定員]
通学課程 15名 通信課程 5名
[受講料]
通学課程 25,000円 通信課程 27,000円
※テキスト代、保険料、消費税込
[研修修了者]
本研修終了後、東京都認定の視覚障害者ガイドヘルパーの資格を取得でき、介護事業所等の業務として行うことができる。
[研修に関するお問い合わせ、お申し込み]
社会福祉法人 東京光の家 研修事業部
〒191-0065 東京都日野市旭が丘1-17-17
TEL042-581-2340 FAX042-581-9568
E-mail kensyuu@hikarinoie.org
総務部
東京光の家には、視覚障害の方々の直接的なサービスを行う職員の他に、事務関係や食事、医療面などのバックアップを行う総務部の職員がいます。
総務課
東京光の家に電話をかけるとまずつながるのが、総務課です。経理などの事務の他、外部との連絡や東京光の家全体の管理、運営などを行っています。

医務課
東京光の家には、常時4名の看護師がいます。日々の利用者の健康状態を把握し、病院への通院、投薬の管理などを行っています。
また、定期的に産業医が来園し、利用者の健康管理は万全です。

食事課
東京光の家には、2名の管理栄養士と11名の調理師がいます。1年365日休むことなく、約200名の利用者の方々の栄養バランスを考え、食事を作っています。
最近では、自分で食事内容を選ぶ、選択食も始めました。

あゆみ
| 創立 | |
| 大正8年4月1日 | 盲目の人秋元梅吉が、日本の盲人に聖書を伝えることに使命を見出し、「盲人基督信仰会」を設立する。(現豊島区) |
| 大正13年12月21日 | 世界で2番目の点字旧約聖書を完成する。 |
| 昭和3年7月23日 | 前年2月に大正天皇御大葬用材を拝受し、杉並区大宮前に移転する。 |
| 昭和8年4月1日 | 「盲人基督信仰会」を「東京光の家」と改称する。 |
| ―昭和20年8月15日終戦― | |
| 昭和22年 | 住宅に困っている盲人のために、盲人の宿泊及び更生事業に専念する。 |
| 昭和25年8月 | 財団法人の認可を受け、組織変更する。 |
| 昭和27年5月 | 社会福祉法人に組織変更する。 |
| 昭和30年8月 | 生活保護法に基づく救護施設となる。(定員42名) |
| 昭和33年3月 | 杉並区大宮前より、現在地日野市に2400坪の土地を購入し、施設を移転する。(定員48名) |
| 昭和34年4月 | 後援会として「東京光の家賛助会」が発足する。 |
| 昭和39年12月 | 会報「光の家」を創刊する。 |
| 昭和40年8月 | 盲人ホーム「光の家針灸マッサージホーム」を開設。 |
| 昭和40年9月 | 創立者秋元梅吉が藍綬褒章を受賞。 |
| 昭和45年5月 | 長年にわたる救護施設の整備拡張により、定員が147名となる。そのため、身障福祉法に転換する動きが施設に始まる。 |
| 昭和49年7月 | 救護施設の一部を転換し、重度身体障害者授産施設「旭が丘更生園」を開設。(定員50名) |
| 昭和50年2月8日 | 創立者秋元梅吉、82歳にて天に召される。従五位に叙せられる。 |
| 昭和50年3月5日 | 常務理事田中亮治、理事長に就任。 |
| 昭和53年9月17日 | 第一回チャリティーバザーを開催。 |
| 昭和54年4月1日 | 救護施設の一部を転換し、重度身体障害者更生援護施設「新生園」(盲重複障害者専門)を開設。(定員50名)「旭が丘更生園」に通所制度が設けられる。 |
| 昭和54年11月 | 社内報誌「燈心」を創刊する。 |
| 昭和56年10月 | 本館二階に約300名利用できる講堂を増築する。 |
| 昭和58年11月 | 旭が丘更生園の授産科目として、「ショップアガペ」が開店し、施設内、地域に向けての売店として活動開始する。 |
| 平成元年6月24日 | 利用者たちによって「正秋バンド」が結成され、「愛のサウンドフェスティバル」を日野市民会館にて開催。 |
| 平成2年2月 | 常務理事田中のぞみ(新生園園長)が、昭和55年に発足した「全国盲重複障害者福祉施設研究協議会」の会長に就任する。(平成12年3月迄) |
| 平成2年4月 | 創立70周年記念誌「新しき第一歩」を刊行。同年5月10日には創立70周年記念式典を開催。また、映画「まさあきの詩」〜盲重複障害者の自立への挑戦〜が完成し、都内にて上映会を開催する。 |
| 平成2年4月 | 旭が丘更生園の増改築工事により、定員増となる。(入所60名、通所18名) |
| 平成5年5月 | 理事長田中亮治が全国社会福祉協議会、厚生事業協議会会長に、同7月、全国救護施設協議会会長に就任する。又、同年9月、第23回毎日社会福祉顕彰を受彰する。 |
| 平成6年5月 | 理事長田中亮治が藍綬褒章を受賞。 |
| 平成7年10月 | 理事長田中亮治が点字毎日文化賞を受賞。 |
| 平成7年12月 | 救護施設の増改築工事を実施。厨房も併設された地上三階地下一階建ての新しい救護施設が完成する。(平成8年より定員80名) |
| 平成8年4月 | 法人施設の明確化と新たなる飛躍を期して三施設名を改称する。 |
| 平成11年9月 | スウェーデンに正秋バンド海外交流演奏会を開催。(創立80周年記念事業) |
| 平成12年7月 | 地域交流センターが完成する(創立80周年記念事業) |
| 平成12年11月 | スウェーデンより盲人バンド「シンリガ」を招聘し、演奏会を開催。 |
| 平成15年4月 | 「光の家新生園」「光の家栄光園」が措置制度より支援費制度へ移行。 |
| 平成15年4月 | 理事長田中亮治が勲五等瑞宝章を受賞。 |
| 平成16年1月 | 内村鑑三直筆の書「読むよりも働けよ」が、東京光の家に杉浦千代子様より寄贈される。 |
施設配置図




















